Turning Point to Progres
BAJA 1000の誕生とミッキー・トンプソン
NORRAが主宰したMEXICAN 1000は、1973年に起こったオイルショックによりバハ・カリフォルニア半島からアメリカ・アリゾナ州へ開催地を変更したことで、大きなターニングポイント迎えた。
当時レースの開催を希望したメキシコ政府の意向を汲む形で、SCORE International (SouthernCalifornia Off Road Enthusiasts)がイベントを引き継ぐことになり、1974年は中止した上で1975年から新たに「BAJA1000」という名を与えられ、レースは再開されたのだ。
このSCORE Internationalは、レーサーであり、プロモーターでもあったミッキー・トンプソンが発足した団体だ。
トンプソンは1960年に自作の「チャレンジャー1」に乗り、ボンネビルで時速400マイルを超える記録を打ち立てるなど、アメリカのモータースポーツ界ではよく知られた伝説的な人物である。ドラッグレース用の「クリスマスツリー」(スタートライト)を発明したり、日本でもお馴染みのミッキー・トンプソン・タイヤを立ち上げたり、モータースポーツとの関わりは深かったが、1969年に参戦するまで、オフロードレースの経験はほとんどなかったという。
トンプソンはSCORE Internationalの設立にあたり、バハ・カリフォルニア半島を訪れ、コース計画やレース運営のための人員確保など、膨大な準備を進めたという。
同時に当時「Hot Rod」マガジンのオーナーでもあったサル・フィッシュを説得し、彼にその管理を委ねた。こうしてSCOREInternationalが誕生し、同時にBAJA1000が世界的なオフロードレースへと発展する契機となったのだ。
余談だが、NORRAはその後もオフロードレースを主催しており、じつは現在もバハ・カリフォルニア半島を舞台にしたMEXICAN1000というレースを開催している。2001年から始まったこの新しいMEXICAN1000は参戦車両のクラス分けを年式に応じて区分するなど、歴史を重んじることでBAJA1000との差別化を図ってきた。現在は一部ルールが改定されているが、レースの内容はよりアドベンチャーラリー的な複数日程のイベントとして開催されている。※次のページに続く







