
「過酷」というひと言で済ますのは簡単だろう。メキシコ・バハ・カリフォルニア半島で開催されるBAJA1000(バハ1000)は、いくつものオフロードレースを経験してきたドライバーでさえ、「マジでここを走るの?」とため息をつくような路面が続く。アメリカのモータースポーツ団体がなぜメキシコでレースを開催するのか。その答えはただひとつ。地球上にバハ・カリフォルニアほど過酷なオフロードエリアは存在しないからだ。
Discover Baja California
世界でも有数の観光地“バハ・カリフォルニア”とは
メキシコ北西部に広がるバハ・カリフォルニア半島は、美しい海と砂漠が織りなす絶景に囲まれた、世界でも有数の観光地のひとつだ。

▲バハ・カリフォルニア半島は不毛の大地ではない。数多くの動植物が生息しており、特に巨大なサボテン群は、その生態系の象徴として知られている。
メキシコには3つの世界自然遺産があるが、そのうちの2つはこのバハ・カリフォルニア半島にある。カリフォルニア湾と太平洋に挟まれたこの半島は、南北におよそ1250キロと、ほぼ日本の本州に匹敵する長さを誇る。内陸部には標高3000メートルに達するシエラ・デ・ファン・バディオ山脈があり、北緯32度のティファナから北緯23度のカボ・サン・ルーカスまで広がった地形は、九州北部から沖縄・南西諸島とほぼ同じ緯度にあたる。
特に海岸沿いは南カリフォルニアの気候とよく似ており、冬でも平均気温は10度から15度と温暖で、夏も比較的過ごしやすい。このため沿岸には避暑を楽しむリゾートエリアが数多く連なり、優雅な船旅を楽しめるクルーズ船が寄港する港もある。透明度の高い海ではシュノーケリングやダイビングが楽しめ、冬にはコククジラの回游も観察できる。
北部のバジェ·デ·グアダルーペで地産のワインとメキシコ料理を堪能し、サン・ルーカス岬で風光明媚な奇岩をめぐるボートツアーに参加するのもいいだろう。まさにここは、世界中のツーリストが“人生で一度は訪れたい”と考える場所なのだ。そんなバハ・カリフォルニア半島を舞台に毎年11月に開催されているのが、壮大なオフロードレース「BAJA1000」だ。

▲前回2024年のBAJA 1000では101台のバイクがエントリーした。2輪クラスには一部のQuadと呼ばれる4輪バギーも含まれている。(PHOTO_HONDA)
BAJA1000は、バハ・カリフォルニア半島で行われる壮大なオフロードレースとして知られている。それは、穏やかな気候と豊かな食にあふれたバハ・カリフォルニアの優雅な旅からは想像もできない、あまりにも過酷な戦いだが、不思議なことに、ここにもまた泥と埃にまみれながら1000マイル先のゴールを目指す人々が世界中から集まってくる。
このBAJA1000というレースが生まれたのは、日本の自動車メーカーが行ったとあるプロモーション戦略がきっかけだった。戦後復興の中、日本国内では技術的に先行する欧米企業に追いつけといわんばかりにオートバイメーカー各社が活発な競争を繰り広げていた。特にホンダはいち早く米国へ進出。1959年には全額出資の販売会社アメリカン・ホンダ・モーターを設立し、ハーレーダビッドソンが圧倒的なシェアを握っていた2輪市場への参入を果たした。
当時のアメリカでは2輪といえども排気量の大きなモデルが人気を博していたが、ホンダはこれに対してわずか50 ccのスーパーカブで対抗し、見事に大成功を収めた。「大きくて重い」というアメリカにおけるオートバイのイメージを180度転換することに成功し、1962年にはいち早く2輪市場で全米ナンバー1のポジションを勝ち取ったのである。
こうした成功の影には、じつは緻密に練られたプロモーション戦略があったことがよく知られている。新聞や雑誌に広告を掲載し、ハンター仕様やフィッシング仕様など、さまざまなライフスタイルに合わせたモデルを販売したのだ。
スーパーカブの成功を受けて、ホンダはその後も製品をPRするプロモーションを重要視するようになった。そこで同社初のオフロードモデル新型CL72スクランブラーの販売を前に、厳しい自然環境の中で長距離を走らせることで、その高い信頼性をアピールしようと考えたのだ。
これがバハ・カリフォルニア半島のティファナからラパスまでという950マイル(1530キロ)の未舗装路を走らせるという、壮大な冒険的チャレンジへと繋がった。極端に乾燥した手付かずの大自然を舞台にしたこの挑戦は、ガソリンスタンドすらない区間も多く、小排気量のオートバイでは困難を極める挑戦となったが、ホンダは時に飛行機を使いながら給油体制を確保、2台のスクランブラーを39時間56分というタイムで走り切らせることに成功したのである。
この試みはオートバイ業界だけでなく、自動車業界をも刺激し、多大なプロモーション効果を発揮。後にバハ・カリフォルニア半島を舞台にしたBAJA1000の開催へとつながるきっかけとなった。※次のページに続く







