Story of Meyers Manx|メイヤーズ・マンクスが生み出した伝説のデューンバギー

Meyers Manx Tarmac Touring Edition

BAJA 1000が生み出したのは、単なるオフロードレースというカテゴリーだけではなかった。フォルクスワーゲンのプラットフォームを使った「デューンバギー」をはじめ、いくつものカスタムカルチャーが世に生み出された。ここではBAJA 1000の歴史と深い関係を持つ「メイヤーズ・マンクス・バギー」をご紹介しよう。

Meyers Manx

南カリフォルニアで生まれた
メイヤーズ・マンクス・バギー

1960年代初頭、南カリフォルニアのビーチではサーフカルチャーが若者たちの間で定着し、まるで青春の象徴でもあるかのように市民権を得ていた。その時代に生きる若者の中に、後に自身の名を冠したバギーを生み出す、ブルース・メイヤーズ(Bruce Meyers)もいた。

ファイバーグラス製セイルボートの製造に携わる職人として働いていたメイヤーズは、フォルクスワーゲンを改造したクルマで“サーフボードを積んでビーチへ向かう”という、当時の南カリフォルニアにおける典型的なライフスタイルを送る青年のひとりだったという。

いわゆる“クルマ好き”というほどではなかったが、この時代のサーファーたちは皆、波乗りと同様にカーカスタムを楽しみ、愛車で駆け回る日々を送っていたのだ。

当時のメイヤーズは仕事を通じて軽量素材への深い知識と経験を得ており、機能性だけでなく美しい形状を持つデューンバギーを作りたいと常々考えていたそうだ。そして、1963年、彼は夢に描いていたバギーの設計を開始し、翌年の1964年に完成させた。これが後に自身の名を冠したメイヤーズ・マンクス・バギーの誕生である。

当時、すでに砂漠や荒野を走るデューンバギーは存在していたが、どれも実用性重視の粗削りなモデルばかりで、美しいフォルムとは程遠いものだった。

対して、メイヤーズが目論んだのはシンプルながらも美しいフォルムと機能性を併せ持ったクルマだった。

その車体はモノコック構造のファイバーグラス製で、フォルクスワーゲン・タイプ1のサスペンションやパワートレインを用いて設計されており、オフロードだけでなくオンロードでも高い性能を発揮するクルマだった。

デザイン上特に特徴的なフェンダーは、タイヤとのクリアランスを確保し、砂地や荒地での走行にも適していた。そして、このクルマがバハ・カリフォルニア半島でティファナからラパスまでの記録を破り、SCORE BAJA 1000の礎となったことは、すでにお伝えしたとおりだ。(関連記事:https://calog.net/archives/18537/2

そのプロモーションが功を制し、マンクスの伝説がいよいよスタートする。
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