Eichler Homes and Mid-Century Design(アイクラーホームズ&ミッドセンチュリーデザイン)|ジョセフ・アイクラーとアイクラーホーム
- 2025/12/8
- LIFE
- EICHLER HOMES, アイクラーホーム, ジョセフ・アイクラー

20世紀のアメリカ住宅史において、ジョセフ・アイクラーは単なる不動産開発業者ではなく、住宅デザインと社会的価値観を根底から変えた革新者であった。彼が主宰した「アイクラーホーム(Eichler Homes)」は、デザイン的に洗練された住宅を、一般的な所得層にも手の届く形で提供したことで知られている。1950年代から1970年代にかけて、アイクラーはカリフォルニア州を中心に1万1000戸以上の住宅を供給し、今もなおその住宅群は高い価値を保ち、多くの人々に愛されている。本書では彼が生み出したアイクラーホームをテーマに、現存する建築例を中心に、その魅力の一端を紹介していこう。
この記事の見出し
ジョセフ・レオ・アイクラーとは
アイクラーの理念とは
アイクラーホームの基本要素
ジョセフ・レオ・アイクラーとは
ジョセフ・レオ・アイクラー(Joseph LeopoldEichler)は、1900年にニューヨーク・マンハッタンで生まれた。父はオーストリア系ユダヤ人、母はドイツ系ユダヤ人であり、彼は多様な民族が混在する環境で育った。この幼少期の経験が、彼の住宅開発における「すべての人に平等な住まいを提供する」という理念につながったと考えられている。

▲Photo by Jon Brenneis/Getty Images
成人したアイクラーは結婚後、妻のファミリービジネスを引き継ぐために北カリフォルニアへと移り住み、そこでフランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)が建築した賃貸住宅に出会う。ライトの住宅は開放的な間取り、屋外との調和、機能的な設計を特徴としており、アイクラーはこの住宅スタイルに強く影響を受けたと思われる。この経験がきっかけとなり、アイクラーはちいさな不動産開発会社を立ち上げた。これが後のアイクラーホームズ社である。
ライトの建築物は明らかに富裕層向けのものだったのに対し、アイクラーが提供した住宅は中間的な所得層に向けた規格型住宅、つまり“建売住宅” だったが、センスのいいデザインや開放的な室内空間を備えたことで瞬く間に人気を博した。
アイクラーは、その後24年間で1万1000戸もの住宅を供給したというのだから、その数からも当時の人気ぶりが想像できるだろう。アイクラーはこうして「一般家庭にもモダンなデザインの住宅を提供する」という理念を掲げて多くの人に“夢のマイホーム”を提供していったが、その一方で気に入らない客には家を売らないこともあったという。
たとえば、1950年代のカリフォルニアでは依然として多くの住宅開発業者が人種差別的な販売慣行を取っていた。アイクラーはその慣行に真っ向から反対し、人種や宗教に関係なく誰にでも住宅を販売する方針を貫いたが、購入希望者が人種差別的な発言をしたり、近隣住民としてふさわしくないと判断したりした場合には、たとえ契約書にサインしようとしている最中でも売却を拒否したそうだ。
また、自身が提供する家に関しても、彼は強いこだわりを示していた。このため、大きな変更を希望する客には門前払いを食らわせることもあったという。玄関のドアカラーの変更を希望するだけでも、アイクラーは首を縦に振ることはなかったというエピソードも残されており、彼が美しく整えられた住宅地全体の調和をいかに大切にしていたかが窺い知れる。

▲アイクラーが企画した住宅は建築から半世紀以上もの時を経た現在でも、南北カリフォルニアの各地で見ることができる。
アイクラーの理念とは
アイクラーは常に売上や利益よりも、自身の理念を優先していたのである。アイクラーホームはオープンな空間設計や庭との一体感を重視し、住民の生活スタイルそのものを向上させることを目的としていたが、これもまた「住宅は単なる箱ではなく、ライフスタイルを創るもの」というアイクラーの一貫した哲学を象徴したものだったといえる。
アイクラーホームは、ミッドセンチュリーモダン(Mid-Century Modern)の代表的な建築スタイルとしてよく知られているが、規格型住宅だったということもあり、そのデザインには共通する特徴がいくつもある。そのひとつが壁や廊下を最小限に抑えた「オープンフロアプラン」だろう。
間取りは担当するデザイナーによっていくつものプランが用意されていたが、どのプランも壁や廊下を最小限に抑えた開放的な間取りになっており、室内空間を広く感じさせ、家族のコミュニケーションが取りやすくなっていた。外観はフラットまたは緩やかな勾配の屋根が採用され、モダンで洗練された外観を演出した。公道側には閉じられたクローズドなファサードが与えられ、ブラック、グレー、ブルー、アースカラーなどの落ち着いた外装色を取り入れていたが、一方で、エントランスのドアだけが、赤や黄色、ターコイズといったビビッドなカラーを採用していたのも特徴的な部分だ。

▲屋外から屋内を貫く梁はアイクラーの特徴のひとつ。もっとも現代では腐りの原因にもなっており、リフォームの際にオーナーを悩ませる要因のひとつにもなっている。
アイクラーホームの基本要素
リビングルームやダイニングエリアは「アトリウム」と呼ばれる中庭に面しており、室内と屋外の境界を曖昧に見せるシームレスな設計になっていた。同じく庭側にもスライドドアやフィックスドガラスによる大きな窓が採用された。さらにプライベートルームなどの個室を含めて、プライバシーを保ちつつも、同時に外光を効率的に取り込むことのできる「ハイサイドライト」も多用されている。
天井は比較的高く、露出した木製の梁(ビーム)もデザイン上の特徴のひとつだろう。これらの梁は庭側から居室やアトリウムを貫いて公道側まで走っており、外観の意匠上においても重要なポイントとなった。内装材にはマホガニーやチークなどの突板が使用されていたが、これらは当時の日本から輸入していたものが多かったそうだ。
日本の襖(ふすま)を参考にしたスライド式のパーティションなども多く見られ、空間をフレキシブルに使うために日本の住宅文化から影響を受けたデザインも散見される。もっとも、こうした特殊な構造はあくまでも当時のカリフォルニアだからこそ許されたものだったともいえる。

▲アトリウム(中庭)もアイクラーホームに必須のポイントだ。
大半のアイクラーホームは基礎の立ち上がりがほとんどないため、同じ構造を高温多湿の日本では真似することは難しい。勾配の緩い屋根も、雨の少ないカリフォルニアだからこそ実現したものだ。
また、大きなガラスエリアは耐震性の観点から建物の強度を高めることが難しく、断熱性においてもデメリットが多い。今日、カリフォルニアでアイクラーホームを手に入れたオーナーたちの多くは、こうしたデザインを優先させた住宅設計に対し、いかに現代の住宅性能を付加させるかという難題を抱えながらリフォームに挑戦している。
長年の雨で腐った梁の交換方法や、地震に強く断熱性能の高いペアガラスの採用など、オリジナルのアイクラーホームをコツコツと修復し、美しく保ち続けるにはオーナーの努力が欠かせないのである。


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