新車・中古車を扱うクルマ屋にとって、自動車は商品だ。目の前を通り過ぎていく商品の一つひとつに惚れ込み、手元に置いてしまっては商売として成り立たない。それでもなお、目の前に現れた一台に心を奪われてしまうことがあると聞く。クルマが好きで始めたクルマ屋だからこそ、至極の一台に惚れ込んでしまうのだろうか。
ご存知の方も多いと思うが、俗に“ナロー” と呼ばれる初期型のポルシェ911(901型)は、1964年から1974年までのわずか十年余りの期間に生産された、今となっては非常に貴重なヴィンテージモデルだ。
1968年まではショートホイールベース、同年から1974年まではホイールベースを延長したロングホイールベースの後期モデルが生産された。なかでもモデル末期となる1973年はホモロゲ取得モデルとして1年限りで生産されたカレラRSの登場により、エポックメイキングなモデルイヤーとして取り上げられることが多い。
もっとも、500台限定生産されたと語られる「カレラRS」はあまりにも特別な存在であり、市場に流通するのは極めて稀であるのもまた、よく知られている。
では、「S」「E」「T」といったスタンダードグレードなら手に入るのか? と尋ねられれば、世界的にクラシックカーマーケットが高騰している現在、日本国内で入手できるのは「予算」だけでなく、同時に「運」も引き寄せる必要があるだろう。
運命的な出会い
広島県で長らく自動車販売を生業としてきた「ワイズナーオートモーティブ」代表の安成憂也さんの愛車は、その貴重なポルシェ911 Sだ。
クルマだけでなく、若い頃からハーレーダビッドソンにも興味を抱いていたという安成さん。たまたまケニーボイスの製作したFXRを手にすることになり、組み合わせるマフラーを作ってもらうために、とある東京の老舗ショップへ頼みに向かった。
トランスポーターにバイクを載せて上京した先は、ハーレーダビッドソンの世界では誰もが知る、とあるスペシャルショップだった。
普段はなかなか製作してもらうことのできないハンドメイドのマフラーは、仲介してくれた知人の援助もあって無事手にすることができたが、その際に店主からたまたま見せてもらったのが、後に愛車となる1973年式ポルシェ911 Sだったという。
「物置みたいな小さな車庫の中に、このクルマが入っていたんです。ナローを買うならSのシルバーしかない、と昔から思っていたのですが、目に前に現れたのはまさに理想とする一台でした」と、安成さんは当時を振り返る。
前オーナーから「君にだったら譲ってもいいよ」というひと言を耳にした時、すぐに腹は決まったそうだ。
もちろん、クルマ屋の商品としてではなく、自分の愛車とするために。
こうして安成さんは、偶然にも911 Sと出会うことになったのだ。
背徳感から始まったポルシェ・ライフ
その愛車はオリジナル塗装で前オーナーがクリア層だけを研いだ後、元色のシルバーを残してクリアを吹き直したものだという。
シートは割れや裂けもなく、一見するとこちらもオリジナルに見える。
1968年〜1976年にかけて生産されたマグネシウム製クランクケースでは頻発するオイル漏れもまったくない。まさに奇跡ともいえるようなコンディションである。
じつは安成さんのメインカーは初代NSX。しかし数年前にたまたま手に入れた930型カレラに乗ったことから911に魅了され、“背徳感”に包まれながらポルシェライフがスタートしたという。
その後は996.1GT3、991.2カレラTと乗り継ぎ、この911Sへと辿り着いた。
さまざまなクルマを乗り継いできた末に手にした911Sは、NSX同様、どんなに頼まれても譲り渡せない一台となった。
OWNER_YUYA YASUNARI
広島県広島市を拠点に「ワイズナーオートモーティブ」代表。アメリカ・カリフォルニア発のタイタン7ホイール日本総代理店。現在は前オーナーの練馬ナンバーを引き継ぐためもあって、東京へ進出。広島とのデュアルライフを楽しんでいる。愛車は他にもK20C NSX、1970年式ダッジ・チャージャーなど。
CONTACT|YSNER AUTOMOTIVE
WEB|https://www.ysnerautomotive.com
PHOTO|KAZUTOSHI AKIMOTO
TEXT|KAZUTOSHI AKIMOTO
PUBLISHED|2023
SOURCE|Cal Vol.52
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