タイニーハウスを住まいにした阿蘇山麓で営むシンプルライフ
- 2022/10/2
- LIFE
- breathhouse
アメリカでは住まいのスタイルのひとつとしてポピュラーな存在でもあるモービルホーム。日本では住まいとして使用する例は決して多くないが、熊本県に住まうSさんご一家は、移動式の小屋を2
棟連結して自宅としている。「家や土地を財産として考えず、その気になればいつでも移動できる、もっと気軽な存在にしたかった」。阿蘇の山裾で暮らす、Sさんのユニークな自宅を訊ねた。
モービルホームやハウストレーラーと呼ばれる移動式の住居。アメリカではかなり大型のモデルであっても、床下に車軸を装着して移動可能な住宅として販売されていることが多い。中には電気はもちろん、上下水道まで完備したトレーラーパークもあり、住まいとして活用しているオーナーも多いようだ。
日本国内ではキャンプ場などで活用される程度で、本格的な住居として使用されることは稀だが、熊本県の阿蘇山麓に住まうSさん一家は、災害に見舞われたことがきっかけとなりモービルホームでの生活をスタートすることになったという。
Sさんのご家族は阿蘇出身のご主人と関西出身の奥様に、息子さんの三人家族。奥様は若かりし頃に阪神大震災に見舞われ、ビルや高速道路が倒壊するのを体験。地震の恐ろしさを“身をもって”体験したそうだ。結婚後はご主人の生まれ故郷でもある熊本に移住。ところが、ここでもまた熊本地震を経験する。
いずれにおいても、地震発生時はマンションに住んでおり、いざという時にすぐに屋外へ出ることができなかったそうだ。こうした大地震の恐怖体験がトラウマとなり、「もっと安心して暮らせる住まいはないだろうか」と考えるようになったという。
「見慣れたマンションが崩れるのを見て、住まいは財産にはならないと考えるようになりました。そこで、いつでもその気になれば移動できるモービルホームでの暮らしを考えるようになったんです」と応えるのは、奥様である。
じつは熊本地震により被災したSさん一家は、しばらくの間、福岡の会社が好意により無償で貸し出してくれたキャンピングカーで生活していたそうだ。マンション住まいと比べて、文字通り“地に足をつけた暮らし”は快適で、何よりも安心して生活が育めたという。
その後、本格的にモービルホームを住まいとして活用したいと考え、隣県の大分で木製のハンドメイド・トレーラーを製作する「タイニーハウス・ジャパン」に相談。通常はトラベルトレーラーとしてプランされたL サイズのモデルを2棟連結して、阿蘇の大自然の中で生活するという現在のライフスタイルへと辿り着いた。
「タイニーハウス・ジャパン」が製作したS邸の躯体は、縦2.4×7メートルというトラベルトレーラーをL字型に2棟連結したもの。これは木製の小屋やトラベルトレーラーを得意とする同社が、大分県中津市・日田市産材の杉を活用し、軸組ピン工法で製作したもので、工場で躯体を完成させた後にトラックで運んで、予め設置しておいた基礎の上にクレーンを使って固定している。
躯体の下に車軸とフレームを組み合わせて、すぐに移動可能なものとすることもできるが、S邸では「住宅」として申請するために、基礎に固定している。
もちろん、躯体には上下水道や電気を接続しており、キッチンはもちろん、風呂やトイレも完備する。さらにS邸ではL字型に組み合わせた2棟の間を土間仕上げとし、屋根を設置。南側の壁も全面開閉式のガラス窓にすることで、土間のあるリビングとして居住スペースを拡大、土足のままで楽しめる“半外”のくつろぎスペースを確保しているのが特徴といえるだろう。
S邸は外観もユニークだ。直線で囲まれたシンプルな小屋風の外観は見た目も美しい。じつはこのデザインは“手頃な価格でありながらも、コンパクトで魅力に満ちた小さな住まい”を目指したフランク・ロイド・ライト作「ユソニアンスタイルの家」をイメージしている。
勾配のない陸屋根(平屋根) や、季節に合わせて風や光を取り込むファサードは、ライト作品にも通じる特徴のひとつでもある。室内は夏でもエアコンがいらない風通しのいい間取りと暖炉も備える。オプションで床暖房も組み合わせが可能という点も、ライトの生み出したユソニアンスタイルの家と同じ考え方だ。
こうして、阿蘇の大自然の下、モービルホームを住まいとしたSさんの生活は、「タイニーハウス・ジャパン」の協力の下で再スタートを果たした。
震災がきっかけになったモービルホームでの暮らしではあるが、実際に住んでみるとじつに効率的で快適なことに改めて気がついたという。たしかに室内面積はコンパクトだが、無駄な動線がなく効率的。さらに土間のあるリビングを設けたことで、室内にいながらにして四季の移ろいも感じることができるという。
モービルホームを住まいにしたSさん一家のシンプルライフは、ある意味小さな家だからこそ実現できたものでもあるのだ。
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PHOTO|KAZUTOSHI AKIMOTO
TEXT|KAZUTOSHI AKIMOTO
PUBLISHED|2020
SOURCE|Cal Vol.37