静かに消えてゆくロードサイドカルチャー. かつて隆盛を極めたダイナーの魅力

Rosie’s Diner

ベースボール観戦にホットドッグが欠かせないように、アメリカのロードサイドに必要不可欠なのがダイナーである。アメリカの“大衆食堂”ともいえるダイナーは、自動車が社会に普及し、主要な交通手段となるにつれ人気を博し、きらびやかなネオンサインを掲げて道ゆく人々を誘った。近年、そんな黄金期を飾ったクラシック・スタイルのダイナーは減る一方だが、その魅力は今も色褪せることがない。

自動車の普及と共に花開いたロードサイドカルチャー
Rosie’s Diner

▲「ロージーズ・ダイナー(Rosie’s Diner)」 は、1946年に「シルバー・ダラー・ダイナー(SilverDollar Diner)」としてニュージャージー州リトルフェリーに開業したアメリカでは有名なダイナーだ。

アメリカのモータリゼーションは大量生産により生み出されるようになったフォード・モデルTの登場によって、大きく変化した。それまでは一部の人しか手に入れれらなかった自動車が、一般大衆でも買えるものへと変わったのだ。

1926年には全米初の国道が生まれ、その道筋にはガソリンスタンドや自動車旅行客を相手にしたモーテル、そしてレストランやカフェが店舗を構えた。

モータリゼーションの到来により、20世紀のアメリカではロードサイドにさまざまな大衆文化が花開いていったのである。

特にダイナー、ドライブイン、カーホップにドライブスルーといった、自動車に乗った客を対象にしたレストランは人気となり、全米に広まっていった。

ダイナーとはアメリカ版の大衆食堂ともいえる。店舗のスタイルによってレストランとの明確な違いが見られないダイナーも多いが、本来はダイナーカーカンパニーが製作した躯体を利用したレストランとよぶのが比較的正しい解釈といえるだろう。

馬車を改造した初期のダイナー

そのひとつであったダイナーは、19世紀後半に登場した馬車を改造したランチワゴンが発祥だといわれている。いつでもどこへでも移動できるランチワゴンは、店舗を構えるよりも簡単に開業できた。また、一般的なレストランが閉店した後も、ランチワゴンは空腹の客を呼び込む、今でいうコンビニのような役目も担っていたようだ。

Athens Coney Island

▲ミシガン州デトロイトのメインストリート、ウッドワード・アベニューにあった「アテネ・コニー・アイランド(Athens Coney Island)」。

ダイナーカーの登場
Kim’s Classic Diner

▲「キムズ・クラシックダイナー(Kim’s Classic Diner)」は、1964年までニュージャージー州でダイナーカーを製造していたシルクシティ・ダイナーズ社製の躯体を使っている正真正銘のクラシック・ダイナーだ。

その後、本格的な椅子やテーブルを用意したダイナーが現れたのは1920~1930年代に入ってからのことである。鉄道用の食堂車を模した金属製の店舗はダイナーカーと呼ばれ、小規模な自動車会社などによるダイナーカー・カンパニーによって生み出され、第二次大戦後は飛躍的に増加した。

中には鉄道用の食堂車をそのまま使った例もあったが、徐々に流線型のストリームライナー型ダイナーカーヘと発展していく。

現存するクラシック・ダイナーの多くは、アメリカ東部から中西部に多いが、これは当時のダイナーカー・カンパニーが主にニュージャージーやマサチューセッツなどに拠点を置いていたことにも起因するだろう。

ストリームライン・モダンとグーギースタイル
Don’s of Traverse City

▲ミシガン州デトロイトから小一時間の距離にある「ドンズ・オブ・トラバースシティ(Don’s of Traverse City)」。

こうしたダイナーカーのデザインは、1930年以降の建築・工業製品に続々と採用されていったストリームライン・モダンに影響されたものだ。

曲線を強調した、流れるようなシルエットと、長く水平に延びたライン。ストリームライン・モダンは商業施設や公共施設へ続々と採用された他、工業製品にも取り入れられていった。

自動車では1934年式クライスラー・エアフローやステュードベーカー・ランドクルーザー。家電製品ではトースターや掃除機までもが採用した。ダイナーカーの流れるようなシルエットにも、こうした設計思想が影響を与えた、と考えるのは自然だろう。

Kim’s Classic Diner

▲1990年代に撮影した「キムズ・クラシックダイナー(Kim’s Classic Diner)」。

1940年代に入ると、ダイナーの外観はさらに派手な形へと変化していった。後にグーギースタイル(Googie Style)と呼ばれた新時代の建築デザインは、1949年にハリウッドに建築された「グーギーズ・コーヒー・ショップ」に由来する。

かつてロサンゼルスのサンセット・ブルバードにあった「グーギーズ」は、建築家ジョン・ロートナーによって設計されたもので、平行四辺形の看板や上に向かって迫り出していく窓など、近未来的な印象を与えるものだった。

このようなグーギースタイルの店舗は、派手なネオンサインを組み合わせ、1970年ごろまでさまざまな商業施設で目にすることができた。

残念ながら、近年はファストフード店に押され、アメリカでも昔ながらのダイナーは年々減る一方だ。さらに魅力的なダイナーカーを製作する会社もほとんどが廃業してしまい、その先行きはけっして明るくない。

それでもなお、アメリカのロードサイドにダイナーは欠かせないと思うのは、筆者だけではないだろう。

Rosie’s Diner

「ロージーズ・ダイナー(Rosie’s Diner)」 は、1946年に「シルバー・ダラー・ダイナー(SilverDollar Diner)」としてニュージャージー州リトルフェリーに開業。その後、テレビコマーシャルの舞台になったことから一躍全米に知られる存在になった。

この時、女優のナンシー・ウォーカーがウエイトレスのロージーとしてコマーシャルに登場したことにより、1970年代にロージーズ・ダイナーへと改名。その後ダイナーは廃業し、画廊として営業が続けられてきたが、1991年に売却され、ミシガン州ロックフォードへ移設された。

このダイナーカーは1946年製のパラマウント・デラックス・ダイニングカー社製である。向かって左手にはニュージャージー州のジェリー・オマホニー・ダイナー・カンパニー社製の1947年型ダイナーカーが設置され、右手にも同じくニュージャージー州にあったシルクシティ・ダイナーズ社製のダイナーカーが設置されていた。

現在は残念な姿で放置されているようだが、2000年にダイナーカーのレプリカが製作され、同時にロージーズの商標も売却され、コロラド州で「ロージーズ・ダイナー」として営業を行っている。写真は1990年代にロックフォードで撮影したもの。

Athens Coney Island

ミシガン州デトロイトのメインストリート、ウッドワード・アベニューに面した、クラシック・スタイルのダイナーが「アテネ・コニー・アイランド(Athens Coney Island)」だ。

1964年にオープンした店舗は、いわゆるダイナーカーとは異なり、店舗型の建造物だが、その外観はクラシック・スタイルのダイナーにインスパイアされたものだ。店内には100席のシートが用意されており、オールドファッションなアメリカンフードが楽しめたが、2015年にその半世紀に及ぶ歴史に、静かに幕をおろした。

Mel’s Drive-In

映画『アメリカン・グラフィティ』の舞台となったことでも知られているメル・ウィスのドライブイン「メルズ・ドライブイン(Mel’sDrive-In)」は、1947年にサンフランシスコにオープンしたローラースケートを履いたウエイトレスが接客をするというカーホップ・ドライブインだ。

14人ものウエイトレスを採用し、自動車1台ごとのパーキングロットが100台分以上備えられていたというから驚きだ。まさに1950~60年代を代表するカリフォルニアのロードサイド・カルチャーそのものだったのである。

その後ドライブインはニューヨークのレストランチェーンに買収され、1972年には屋号も変更されてしまったが、映画監督のジョージ・ルーカスは解体される直前のオリジナル店舗を使って撮影に成功、翌1973年に映画の公開にこぎつけたという。

現在、この「メルズ・ドライブイン」はメルの息子スティーブンの手によって再興され、現在では南北カリフォルニアに8店舗を構えているほか、大阪のユバーサルスタジオ・ジャパンでも、映画に登場した当時の姿が再現されている。

写真は2000年頃に撮影した「メルズドライブイン・ハリウッド」。

店名|Mel’s Drive-In
場所|1660  North Highland Hollywood, CA 90028
WEB|https://melsdrive-in.com/

Kim’s Classic Diner

「キムズ・クラシックダイナー(Kim’s Classic Diner)」は、1964年までニュージャージー州でダイナーカーを製造していたシルクシティ・ダイナーズ社製の躯体を使っている正真正銘のクラシック・ダイナーだ。

同社製のダイナーカーは1950年中頃まで、ルーフが丸みを帯びたモニター・スタイルが中心だったが、1950年代中期よりフラット・ルーフに変わってしまう。「キムズ・クラシックダイナー」は1946年製で、ステンレスを使った独特の鈍い輝きを見せる丸みを帯びたルーフになっているのが特徴だ。

かつてニューヨークで営業していたこのダイナーは火事で廃業になり、2003年に新しいオーナーの元でレストアされたのち、2014年までオハイオ州サビナで営業を続けていた。

店内は1946年当時のままが維持されており、クラシック・ダイナーに欠かせないボックスシート脇のコート&ハット・ハンガーなどもしっかり残されていた。

シルクシティ・ダイナーズ社製のダイナーカーは、他にもアイオワ州やニューヨーク州などにも現存していたが、ここまで当時のまま残されているダイナーカーは非常に珍しく、まさに一見の価値があるダイナーである。現在は廃業しており、写真は営業していた1990年代に撮影したものである。

Don’s of Traverse City

Don’s of Traverse Cityフロリダ州に存在したダイナーカー・カンパニーのスターライト社は、近年までダイナーカーを製造していた数少ない存在だった。

中西部には同社が製造したダイナーカーがいくつか現存するが、多くが1990年代以降の製造と比較的新しく、今日でも美しい外観を伴っている。

ただし、基本的な仕様はどれもほぼ同じで、中央にカウンターを配置し、左右にボックスシートを設けるというレイアウト。また、店舗によってはインテリアの装飾もほぼ同一ということもあった。

ミシガン州デトロイトから小一時間の距離にある「ドンズ・オブ・トラバースシティ(Don’s of Traverse City)」も、同社製の躯体を使ったダイナーだ。

開業は1994年で、丸みを帯びた昔ながらのルーフデザインを採用している。2023年現在、店舗は「ザ・グランドダイナー(The Grand Diner)」へと屋号を変え、昔ながらのダイナースタイルで営業を続けている。

店名|Lamy’s Diner
場所|20900 Oakwood Boulevard, Dearborn, MI 48124‑5029
WEB|https://www.thehenryford.org

Lamy’s Diner


「ラミーズダイナー(Lamy’s Diner)」はミシガン州ディアボーンにあるヘンリフォード・ミュージアム内に移設された歴史のあるダイナーだ。

第二次世界大戦の退役軍人である Clovis Lamy は、この40席のダイナーをニューイングランドの高級ダイナーカーカンパニーであったビルダーである「ウースターランチカーカンパニー(Worcester Lunch Car Company)」 へ発注。1946年4月に、オーナーであるラミーの故郷、マサチューセッツ州マールボロにダイナーをオープンさせた。

店は地元の工場労働者で賑わい、週末は映画を見た人々がその帰路に夕食を摂りに立ち寄った。

ラミーズは1949年に事業を売却し、現在はヘンリフォード・ミュージアム内で営業を続けている。

40席のシートを備えた店内では、チキンサラダ、サンドイッチとフラッペ (オリジナルの北東部のミルクセーキ) などの昔ながらのメニューや、アメリカらしいパイやクッキーも楽しめる。

MOON Cafe

アメリカのロードサイドに花開いたダイナーは特にニュージャージー州、ペンシルベニア州、ニューヨーク州などで見ることができる。アメリカ北東部や中西部にも多い。

日本国内では横浜本牧にある「MOON CAFFE」も、ダイナーの雰囲気を味わえる場所だ。リアルなアメリカンスタイルのメニューや雰囲気は、まさに“身近なアメリカ”である。

店名|MOON Cafe
場所|〒231-0804 神奈川県横浜市中区本牧宮原2−10
WEB|https://www.mooncafe-honmoku.com

PHOTO|KAZUTOSHI AKIMOTO
TEXT|KAZUTOSHI AKIMOTO
PUBLISHED|2022
SOURCE|Cal Vol.50


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